というような
 昭和42年7月29日 夜の御理解


 迷い信心ではいかん。この方、一心と定めいと。迷い信心ではいかん、この方一心と定めと仰ると。
 これはあの神様にも頼む、この仏様にも頼むといったようなことでございましょうけれども、信心、生活、生活そのものが信心であると説かれる教祖の神様のあり方から言うとです、全てのことに迷うてはならん、それぞと、ここをとこうとこう決めたらそこんところを貫かせてもらうというようなことを一心と、一心の信心と仰ったなかろうかとこう思います。
 家庭生活の上においても、こうと決めたら、こうというものが貫かれる。やはり一つのてっしき心というかね。そういう強いものが必要だと。例えていうならもう日参りを続けると決めたらそれこそ這うてもでもお参りをするという位なですね、私、一心なか、そこからおかげが受けられる。そこから力が受けられる。もう忙しかが神様ご承知だからそれはそれで、よいのです。けれども、一心と定めてです、心の中に一応定めたならば、それを貫かなければ駄目。ね。それは家庭生活の上にてもおいてそうですね。
 今日、今日は敬神会でございましたが、その中の一人の方が、早めにお参りして見えてから色々とお届けがあった。まだまだ強いですから息子さんの百姓、少しばかりしておりますが、まだ百姓の手伝いもでけるですね。ところがその田に出ておってから、目眩がしたようにあって、それでこの畦くろに、しばらく休んでおった。とこう、息子やら嫁達が行ったり、来たりするけれども、お婆ちゃんどげんなとも聞かん、まあ心が穏やかでないのですね。そしたらしばらくして辛抱して、何とはなしに少しオリヨッタごたるから、ようやく家に帰って休んでおったらば、休んでおってもこう家の中が回るようにその、ひどいからとうとうお医者さんを呼んでもろうて、お医者さんに診てもらった。そういう様なことあれやこれやいくつ重なったんでございましょう。とてもこれほんにこのまま自分がまだ百姓の手伝いがでけようから、この位だけれども、もし手伝いがでけんことになったら、もうどげんろくそにされるかもしれん、末が恐ろしい。そこでその子供達、息子達、嫁にいっとる娘達にも、全部通知をした。娘達が二人、息子達も都合よう二人おりますけども来れなかった。そしてその話を聞いてからその一人の娘が言うことにお婆ちゃん、私どもが兄弟六人か七人おりますが、本当にお父さんはあんなふうだったし婆ちゃんが一人で苦労してから育ててもろうたようなもんじゃが、年を取ってからでも、あんたは百姓をせんにゃならんとか、まあ病気をしても、かもうてもらえんちゅうたるごとでは、もう先がその、まあその私の方来なさいと言うて、遠方に、縁についている娘がしきりに言うて帰った。
 そして、又それをどうでも一つこちらへ引き上げて来てこんかと言うてその、言うて来たというわけなんですね。
そこでやはりそのお婆ちゃん気持ちが少し迷いだした。そしてまあ今日、親先生にお伺いをさしてもろうて、先生が行ったらよかろうと仰るなら、腹を決めてそのあっちの方へ、その娘が嫁いでおるところに行こうという気になった。そのことをお伺いさせ頂いたら、まあそげなふうならね、やっぱり娘さんのところに、行った方が幸せかもしれないと私も実は思うたんですけれども、ご神意を伺いましたらね「虻蜂取らずになるぞ」と神様が仰った。「虻蜂取らず」どっちつかずになるぞ。なるほど家に居って息子達が、あんまり大事にしないから、その娘の所に行った。始めの間は大事にされよったけれども例えて言うならば、やはり主人になるのは他人です。血で言えば他人ですからまあ良いとばっかりは、なかと言うてそんなら、次の娘、次の息子のところにこう行ってもです、どれとして本当に、本気でいま、年寄を見ようというような人がないようなことになったんでは、いよいよいかん、いけんと思うてねやはりここで辛抱して、日頃の信心にもの言わして、嫁御じゃない、息子じゃない。問題は、本当は頼りになる者は誰おらん。どんなに例えば親孝行の息子であっても、この息子さえおってくればと言うても、その息子がコロッと事故に遇うて死んだらそれぎりじゃね。当てになるものは居るまいが、当てになる、当てにするところに、ここんくらい嫁御として、ここんくらいのこと息子がしてくれても良かろうということになるのである。
 何のために日頃信心をさして下されて頂いておるかと、信じて一心、身に打ち込んでいきゃあ、これほどのおかげを下さる神様にお縋りさせて頂いて、誰に縋ることが、頼ることがいろうかと言うて、大事にしてくれる。
 いま嫁やら息子達のことは、ただ有難いけれども、頼っちゃならん。縋っちゃならん。縋るのはこの方一心、神様だけなの息子に縋っておる。嫁御に縋っておるというのは、もう一心でもなかれば、もう二心、三心にもなっておるわけ。縋るというたら、この方一心、神様だけ。ね。ですからそこには、なあにも、例えばそういうまあ普通から言えば、ろくそに扱われている時でも、不平もなからなければ不足もない。と言うて、婆ちゃん、婆ちゃん、お爺ちゃん、お爺ちゃんとか言うて、大事にしてくれらや、それをただ有難いとしてきゃ、それでいい。お世話にならんで良かったといったような、意地を張ることはなんもいらん。只神様のおかげで、喜んでいきさえすれゃいい。
 そういう様なことでもやはり、私はこの方一心と定めたらですね、例え息子が嫁御がどうであってもです、もうこの方一心と定めたら、一心が定まる。そこには嫁御が助かっていく道があり、息子が助かっていく道まで開けてくると私は思うですね。
 これは今日もそれ丁度午前中奉仕させて頂いておりましたら、・・?の渡辺先生がお礼に出て見えて、この五月二日からあのフランスに勉強に行かれるわけです。あちらの観光も兼ねてあちらをずーっとスイスから、あちらの所謂欧米旅行もされるわけですけど、目指すところはフランス。もう日本の言わば一級のドレスメーカーの先生方やらまた、宮廷のお帽子を一手に受けておられるという七十からの日本一の帽子作りそうですが、そのデザイナーのお婆さん方とご一緒にそのおかげを頂かれるね。
 それでこのような機会がないからというので、今度思い立たれることになったんですけれども、先生あちらに参りますのに、どういうような先生心掛けで参りましたら、よろしゅうございましょうかというお伺いがあった。
 私、あの神様にお願いして頂いたら「野原」ですね、それこそ、もう春の三月というて、その花の頃というような感じ、もうすみれ、タンポポといったような花が、もういっぱい野原に咲いておる、野原ですけども、私はその御心眼に御理解を頂くのは、「原」と頂いた。「原」、「原っぱ」もうそれこそ蝶やら、その来てくれと言わんでも飛んでくるような感じの原です、野原です。で私は思うた。もう渡辺先生こちらに居っても、外地に居っても同じこと。金光様のご信心は結局、自分の腹をですね、もう本当に、百花爛漫というようにですどうあっても、どういう場合でも、喜びの花をいっぱい持っていく以外にありません。
 そこに言葉は通じなくてもね、様々なぁーこちらでは違った風土の中にあってもです、おかげを頂ける道は、やはり自分の腹一つを、野原のように広い心でしかもその春の三月、花の頃のような自分の心の中に喜びの花を持っていくという以外にありませんと言うて次の教祖の神様の御教えを頂くんです。
 こういう時にこそ成程、金光大神のお取り次の働き、天地の親神様の働きというものはです、遠いも近きもなきものぞと、頼む心に隔てなく祈れとこう仰るが、どういうフランスの町の真中からです祈っても、ここに生神金光大神の働きが、天地の親神様の働きがここに頂けれる。問題は頼む心に隔てなく祈らなければならんだけのことである。もうここはフランスからじゃからと言うて、遠い心ではつまらん。もう頼む心に、言わばここにお取り次を頂いておるような気持ちでお縋りさしていけゃ、そこに天地の親神様の働きを受けることが出来ると、いうような御理解であった。
 そのことを今日の私敬神会のことをお話しをするんですよね。先日からも本当に杷木の方が参って参りましてからね、東大を一、二かというようにして出られた。家は貧しいお百姓さん。両親が一生懸命働いて息子さんをいわゆる大学院までも無試験でいわゆる大学のもう一つ上に、その勉強するところですね。大学院のまあ無試験で入られた。そうして就職も長崎のなんか造船所の大きな所に就職のおかげを頂かれた。もうそれこそ、もうこの息子さえおってくれらゃ、もういよいよ自分達の幸福も、もう目の前にあるような状態であった。ところが一年後に事故でコロッと亡くなられた。
 してみるとね、お婆ちゃん達でも、今日の私の話を聞いてもらって言うんですよ。例え少々悪い嫁御じゃろうが、そのつっけんどんの息子であろうがですよ、ね、こうして生きてまだ居るということがです実は言うと有難じゃけん。嫁御どうの、息子がどうの、まだ嫁御や、息子やらに対すところの拝みようが足らんよと、私は今日お婆ちゃんにその話をしました。息子が悪いじゃない。嫁御が悪いじゃない。まあだ嫁御に対し、嫁御拝みようが足らんとね。息子に対するところの拝みかたが足らんと。ね。そして息子に頼り、嫁御に頼りこんくらいなこつ、嫁後がしてくれてもよかりそうなもんといったような、いわば信心のないようなものの考え方を持っとるところに面白くないことが起こってくるのである。先から私が言うように当てになる者はおらん。例えそれが良い息子であってもそうじゃないか。ね。
 しかし本当にね。もう当てにならんと言うことは、それはまた別なだけでも、今、その事故に亡くなられた息子さんの話なんかですね。二番目の人はもう百姓、家の百姓を継いでくれということになった。ところがその兄がそのように亡くなったもんですから、自分も東京に出て勉強しなくてはと、東京に出られてから四年間、もう行ったきり音信が不通だそうです。もう目も当てられん。ある教会で信心の稽古をさせて頂いて、もうお取り次頂いても、お願いしても、もうどうしても、こうしてもただ自分の心の中にですね、本当におかげというふうに頂けない。やっぱりどうして、こんなことが起こってくるじゃろうかと、やっぱり思わずにはおられん。ところが三番目の息子が又、今、僕が東大には行きればってん九大くらいには行ってから、その兄さんの達孝行、僕が一人すると言うてから、一生懸命試験勉強にはずんだところが、ノイローゼになった。もう三年間病院にいわゆる、精神病院に入ってから、まだいつ帰られるとも見通しがつかん。夜になると朝から晩までキャラキャラ笑うとる。もうそれを見てからですね。もう本当に私どもくらいな不幸福なものが、世の中に先ずあるじゃろうかと言うごと、もうかろうじて信心を頂いてとるから、ここである方のお導きを頂いてこういう教会がある。先日、熊本の大会に団体バスで行った。ある人と言ったときにここの教会の前を通らせていただいたときにある人か、ここが合楽の教会ですよと聞かせて頂いたら、もう矢も盾もたまらずに、実は今日は四時半から起きて歩いて来ました。そしてもう御祈念にゴウにここに見えられました。
 というようにですね、これは、当てにも頼りになる者はおらんでしょうが、その頼りならん、当てにならんけれども、まだ元気で例えばそんなら親の言うことを聞かんでも、もう居ってくれるということでも有難いとです。ね。ですからまだ喜びが足らんとよね。自分の心の中に、本当に花の三月、花、花のところといった様なです。穏やかな心で有難い心です、願わなければ神様が聞いて下さるはずがないじゃないですか。そこで今、人間というものは、そんな時ばかりないのであるから、心の中にそれこそ、木枯らし吹き荒ぶような本当に寒い、冷たい思いをするような時には、こういう心で神様に祈っても、願っても駄目だろうと思うたら、先ず自分の心の上に、神様、誰かれじゃないお繰り合せを頂かれますよう、私の心の上にお繰り合せ下されという願いをしなければいけません。と言うてこれは今日、敬神会の方達に聞いて頂いた話なんです、ね。
 そんな中から皆さん分からさせて頂くことね。一心と定めえと仰る。それはこの方でも、もう私達は金光様以外には、他の神様、仏様やらまだ拝んだこともなかにゃ、まだ拝みもせんと思うておっても、それだけではいかん。自分の家庭生活においても、あれも良い。これも良い。男にかかろうか、親にかかろうか、もうその心がすでに幸せになれない元なんですね。このことは一心、私の母が言いよりました。もう例えば嫁御がどげんに、ロクソしたっちゃあんたが、もうお粥さんを食べるなら、お粥さんについてからちゃ、あんたについて回ると、母がこれはまだ、私が青年時代から言いよりましたね。やっぱり私のお粥時代でも両親がついてきてくれました。もう一心と定めてある。ね。ここんところを皆さんよく頂いて、一心と定めい、迷い信心じゃいかん。ということはただ金光様だけを、拝めよるから一心ということじゃない。もう信心生活そのものが信心なのだから、生活の上においても、あれも迷い、これにも迷うするというようなことでは、おかげが受けられんことが分かります。ね。どうぞ。